一昨日、相方が見たいといって、60〜70年代に活躍したCMディレクター杉山登志さんのドラマ「
メッセージ」を見ていたら、突如画面にアンジェリーナ・ジョリーが現れ、相方が一言ポツリ。
「...何億だ...?」
最近拡大の一途を辿る資生堂の広告宣伝費を、老婆心ながら勝手に心配していた我が家に衝撃が走った(大袈裟やな)。どうやら、これが資生堂の化粧品ブランド「インテグレート(INTEGRATE)」のアンジーCM初オンエアだったらしい。昨年から実施されている、資生堂のメガブランド化の第5弾。

サントリーBOSSのCMに出演中のトミー・リー・ジョーンズ以来のハリウッド大物スターの登場だ。ギャラがとっても気になるところだが、日本のトップクラスでも1億円いくわけだから、億単位は間違いない。
付加価値が高く原価率の低い化粧品、だからこそイメージ戦略に力を入れ宣伝費の比重が高くなるのは分かるが、それにしても最近の資生堂のCM展開は凄まじい。
「メッセージ」は資生堂提供のドラマだったので、立て続けにいろんなシリーズのCMが流れるのだが、こうなるとどれがどのブランドなのか、覚えられない。さらに、最近は1ブランドに多数の俳優を投入する大盤振る舞いぶりである(費用対効果はいかに?)
資生堂の売上は日本の化粧品メーカーではトップだが、世界的には4位で、さらにカネボウを買収した花王が国内シェアを伸ばしているので、これらのCM戦略に資生堂の必死さが伝わってくる。
超セレブなアンジーであるが、インテグレートというブランド自体は、セルフコスメで低価格路線(マキアージュより安い)。

アンジーが口紅のモデルをするのは、グロス系に限られるだろうなぁ。
真紅の口紅

だったら、すごい迫力になりそうだ(笑)。アンジーの唇って、いつもヌーディティ(ほぼ肌色)だし。彼女は美人だけど、トータル(全身)で見たほうが俄然映える人だと思う。
ハリウッドスターにとって日本のCM出演は、母国に内密の出稼ぎ(お小遣い稼ぎ)みたいなものだろうが、アンジーなら、このギャラも恵まれない子供たちに寄付するのかな。彼女に白羽の矢が立ったのは、単に綺麗なだけではなく、彼女の生きる姿勢に着目したのだろう。

ちなみに、アンジーはアメリカのファッションブランド「セント・ジョン (St.John)」と約13億円(!)で契約し、服のモデルというより会社の慈善事業のイメージキャラクターになっている。
1ブランドのモデルではなく、今後の資生堂の
CSR(社会的責任)活動の顔になるとか...
ってないのだろうか?
(さすがに13億円とかは出せんだろう...)
なんとも、ただのモデル起用では勿体無い
アンジーなのでした...。
その辺の予備知識が無く、映画をあまり観ない人がこのCMを見たら、「なんだ?このタラコ唇女は?」なんて、もったいないことになってしまいかねない。
そんなこといったら、牛丼食べたり、被り物しながら「イチキュッパ」言ってるトミーも、タダのヘンな外国のおじさんだけど(笑)。アメリカ人に、大うけ間違いなし!

メガブランド化第4弾の、「TSUBAKI(ツバキ)」の初代メンバー6名(仲間由紀恵、田中麗奈、上原多香子、広末涼子、観月ありさ、竹内結子)のギャラを合わせれば億単位だし、さらなる追加メンバーには、契約時のギャラが最高値時だったと思われる荒川静香さんも出演。
この1ブランドだけで広告宣伝費にトータル50億円投入。メガ化第1弾の「マキアージュ」も40億円と言われ、これらの広告費が嵩んだため、7月末に資生堂は経常利益の減益決算を発表。一時株価は下落したものの、8月中旬に「TSUBAKI」の累積売上が約5ヶ月で年間目標の100億円に達すると発表され、株価はぴょんと伸びた。(つまり、売上の半分近くが広告宣伝費というわけだ)
ここで、はっきりとしているのは、広告代理店は
ウハウハ 
だということ(笑)
「TSUBAKI」の広告を受注したアサツーDKは、先日、増収増益の中間決算を発表。愛知万博特需のあった前年同期を上回るとは、まさにツバキ様様だな。
しっかし、これだけCMがインパクト大だと、残りのメガブランドである「エリクシール」(熊沢千絵)や「アクアレーベル」(渡辺満里奈)が霞んでしまわないか?今後何か仕掛けがあるのだろうか。
そして、メガ化第2弾である男性化粧品シリーズ、「uno(ウーノ)」。
昨年吉本興業の若手をこれでもかとばかり多数出演させ、マンダムと男性化粧品シェア獲得バトル(?)を繰り広げている。
最近の若手お笑い芸人にあまり興味が無い私は、もっくんの「ギャツビー」CMが好きで、専門分野で頑張っているマンダムを応援してのだが、今月からキムタクのCMに変わってしまい、マンダムも資生堂化してしまったようで少し寂しい。

さらに、次回の
「ウーノ」のCMが、近々映画が公開される
木更津キャッツメンバーというわけで、ギャツビーからウーノ派(CMの)になってしまいそうだ。
さて、キムタク VS ぶっさん のジャニーズ対決はいかに??
木更津キャッツ× uno の出演者10名は以下の通り。
ぶっさん(岡田准一)、バンビ(櫻井翔)、うっちー(岡田義徳)
マスター(佐藤隆太)、アニ(塚本高史)、オジー(古田新太)
「男の勲章」店長(嶋大輔)、猫田(阿部サダヲ)、山口先輩(山口智充)
モー子(酒井若菜)
って、
モー子、女じゃん!
東京ガス「ガスパッチョ」の小野妹子。
モー子と妹子って、キャラ同じなんですけど...
名前も似てるし。
「妹子って呼んで

」が「モー子って呼んで」に聞こえる
ガスパッチョCMを見る個人的には、オジーと猫田が楽しみ。
早く見たいにゃ〜!!!
- 2006/08/31(木)
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なんだかミーハーなラインナップ・・・。
名もなき毒宮部 みゆき (幻冬舎)
八月の路上に捨てる伊藤 たかみ /文藝春秋
告白町田 康 /中央公論新社
終末のフール伊坂 幸太郎 /集英社
- 2006/08/30(水)
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脚本が浅野妙子氏だけに、雲行きがかなり怪しくなってきた「純情きらり」。
これが、昼or夜ドラなら、浅野作品の「婚外恋愛」「Age,35 」のような泥沼化が
期待予想されるが、NHK朝の連続テレビ小説に略奪愛なんてありそうもなく。
浅野さん、映画「
大奥」の脚本で頭がいっぱい?(大奥には杏ちゃんと冬吾も出演)
自己中の桜子に辟易しつつも、俳優陣の良さで見続けている。宮崎あおいちゃんは好きなんだけど、桜子はあまり好きではない。桜子の天真爛漫さがただ薄っぺらく見えてくると、桜子に好意を寄せる男たちが、ただのロリコンに見えてしまうではないか(宮崎あおいちゃんの可愛いさは罪深い...)。笛子より桜子に勇気付けられている冬吾(西島秀俊)に、失望しているのは私だけ?
愛の告白はあるのか、ないのか・・・って、まるで映画「
好きだ、」のような...。

映画 「好きだ、」でインタビューを受ける二人。
公開は終了したが、9月にDVDが発売。


ううっ、可愛すぎっ。
私が男だったら、惚れてるな。
国民的ヒロインのはずの桜子って、
熱愛スクープよりも、宮崎あおいの
イメージダウンに繋がってないか?
それにしても、毎回疑問に思うのは、桜子がいつの間にか男性を好きになっていること。斉藤先生との擬似恋愛に始まり、毛嫌いしていた達彦に告白された途端の相思相愛。そして冬吾に至っては、「おいおいいつの間にだよ?」と、突っ込まずにはいられない。
桜子よ、今後、斉藤先生が帰ってきて、達彦さんが生還して、
冬吾が笛子と離婚したら、
一体誰を選ぶつもりだ?マロニエ荘のたくさんの住人たちの中で、冬吾の登場シーンだけに「桜子にとって生涯大切な人になる」というような竹下景子さんのナレーションが入り、その後の展開で「姉の夫にしては、微妙な言い方だったなぁ」と、気にはなっていたが、ここにきて爆弾が。
また、達彦が戦地に赴く別れのシーンでは、「これが二人の別れでした」と意味深なナレーションが入っていたが、決定的な死亡通知はこないまま。達彦が生還したら「詐欺〜!!」と叫びたいところだが、”最後の別れ”とは言ってないわけで。
どちらも伏線だったのか、それともアメリカドラマ「24」のように結末を決めないで書かれているのか?
ドラマが始まる前に「宮崎あおいが女学生からおばあちゃんまで演じる」と何かで見聞きして、ずっと「この桜子もいつかは大人になって、立派な音楽家になるんだ」といちるの望みを託して見続けてきたが、いつまで経っても精神的にも年齢的にも成長しないヒロインに、さすがに「おかしいぞ」と思うようになり、ようやく嘘の情報を信じていた自分のおバカさに気づいた。
さらには、密かに達彦さんの生還以上に心待ちにしていた、池鉄@河原さんとの復縁が、男闘呼組★和也の登場で絶望的となり、とても残念。

©医龍
先日実写版「タッチ」がTVで放送され、一足お先に(?)、久々の達彦さん(福士誠治)が登場。高校球児役(新田君!)なので、まさに入隊した角刈り達彦さんなのであった。
それではまた(。・_・。)ノ ←
達彦さんのブログ ふうに
- 2006/08/29(火)
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8/8のブログで、日経新聞夕刊のプロムナードというエッセイ欄について書いた。
直木賞作家、絲山秋子さんの水曜のエッセイがいつも楽しみだったが、6月で終わってしまった云々、という内容だったのだが、最近、この「プロムナード」が世間の注目を集めている。
プロムナードは曜日毎に筆者が変わるエッセイで、半年毎の担当らしく、7月から作家メンバーが総入れ替えとなった。そして、その金曜日を担当しているのが、今、ちょっとした物議を醸している坂東眞砂子氏(直木賞作家)である。
物議の発端は、8月18日(金)のエッセイで、題名が「子猫殺し」、内容もまさに坂東女史が生まれたての子猫を殺しているという衝撃的な(少なくとも全国紙の新聞に掲載されるという点で)ものであった。
さらには、それ以前のエッセイにも子犬殺し(この時は「始末」という表現を使っていた)についても書いており、波紋に波紋をよんでいる。日経の夕刊という微妙な媒体であるのだが、この波紋に一石投じているのが、どうやら「
きっこの日記」のようだ。
そして、本日8/24の日経夕刊の社会面に、とうとう
「坂東氏エッセーに抗議 子猫殺し告白 本社に600件」という記事が掲載された(本人のコメント付き)。
記事によると、例のエッセイ掲載後、インターネット上で大きな議論を呼び、24日正午までに日経本社に電話やメールでの抗議が約600件寄せられているとのこと。
日経新聞の見解は以下の通り。
日本経済新聞社は「坂東氏の文学的業績などを評価し、執筆をお願いした。個々の原稿の内容については、原則として、筆者の自主性を尊重しています。さまざまなご意見は真摯に受けとめています」(編集局)としている。
日経側も原稿を受け取ったときは、さすがにヤバイと思ったに違いない。しかし相手は作家大先生。原稿の書き直しなんて言い出せないだろうし、新聞に穴を開けるわけにもいかなかったのだろう。で、結果、苦情対応に追われる破目になる。
この600件という数字、実際に日経夕刊を手にしていない人が相当含まれているに違いない。なんといっても、日本最大級のブログ「きっこの日記」で再三取り上げれられた影響は大きいだろう。
ちなみに7月14日の坂東氏のエッセイでは、
「肉と獣の距離」 という題で、少し抜粋してみると
(省略)自分の手を汚して生きている牛や馬や豚を殺すことができないのに、売られている肉を買って、舌鼓を打つことに矛盾を感じているのだと。私は鶏は殺すことができる。(〜どうやって殺すかについての描写〜)
そんな経過を踏んで食べる鶏肉は貴重であり、生き物を食べているのだということを実感する。つまるところ、人は、自分が殺せる範囲の生き物を食べるべきではないか、と思い至った。その生き物を殺す仕事は他者に預け、殺しにまつわる精神的葛藤をぴょんと飛びこして、店で売られている肉を、まるでこの世に突然、現れた食べ物であるかのように口にするのは、どこか間違っている。(省略)そんなわけで、このところ、食べる肉は、鳥や魚の範囲内にしている。(省略)
この「肉と獣の距離」というエッセイを読んだとき、私自身、同じことを思うことはあるものの、かといって菜食主義でもない自分に時々矛盾と偽善も感じたりしていたので、坂東氏に自分には無い潔さや逞しさを感じた。これは彼女自身のスタンスであろうから、全ての人に「自分が殺せる範囲の生き物を食べるべきではない」と言ってしまうのは無理があるし、そこまで彼女は言っていない(言外には批判が見えるが)。自分の手でやるかどうかは物理的な問題も含めて難しいとしても、知っておくことは大事だ。食肉解体業に顔をしかめるくせに焼肉食べ放題で食べ散らかしたり、多くの競走馬が食肉用として処分されていることを知らずに競馬を楽しんだり・・・・、私たちが現実から目を背けすぎてているのは事実。
個人的には、避妊や去勢と生まれた子猫を殺すのでは、意味合いが違うとは思う。私の両親は動物ボランティアをしているが、捨て猫などの予防接種や手術、里親探しをしながら、避妊や去勢手術に関しては葛藤もあるようだ。それでも、この世に生を受けた後で処分されるなんてことは、できる限り食い止めたいとあれこれ取り組んでいる(野生の熊なども)。動物と人間の共存、野生とペットの境界、動物園・・・一筋縄ではいかない問題である。
毎日、多くの犬猫が保健所で処分されている。
ペットを平気で捨てる人は、直接手を下さなくても、他人に殺しを委ねているも同然であり、罪の意識が無い分、坂東氏より非情ともいえる。
「肉と獣の距離」のエッセイ中にある
「生き物を殺す仕事は他者に預け、殺しにまつわる精神的葛藤をぴょんと飛びこし」という箇所は、家畜について書かれているのだが、そのままペットにも当てはめることができる。
以前、両親が言っていたが、突然電話を掛けてきて 「外に捨て猫がいるので取りに来てもらえないか」 と言う人が後を絶たないらしい。「里親探しはしていますが、動物を皆預かれるわけではないんですよ。」(時間と場所とお金があればそうしたいのは山々)と言うと、「なんで?」「ひどい!」とか言う人が本当にいるらしい。私が実家に帰る間だけでも必ず捨て猫情報が入って奔走している。私はその短い間子猫を可愛がるだけだが、目の見えない猫や足の不自由な猫の場合一生面倒を見る覚悟で携わっている両親の精神的負担は相当だろうと思う。
また、野良猫の世話をしているのを遠巻きで顔をしかめ、抗議の電話を掛けてくる人もいる。「私たちは好きでエサをやっているわけではなく、この猫たちは避妊手術もしているんですよ。」と説明すると、ピタリと止むらしい。エサを与える=無責任に可愛がっているだけ、という社会概念ができあがっている。そこに実費で避妊手術しているということで気が済むらしい。では野良猫はみんな野垂れ死にしろ、臭いから保健所で処分しろと?でも自分では決して保健所に連れて行かない?
アレルギーとか糞尿や鳴き声の問題はあるだろう。でも根っこの部分で動物の好き嫌いが大きいと思うし、嫌いなのは仕方が無い。ただ、迷惑だと訴えるのであれば、その犬猫たちの末路までちゃんと考えてのことなのかどうか。それでも処分しろ、猫なんか知ったこっちゃ無い、という人はそれはそれでよろし。生を受けた限りなんとか共存してあげたいけれど、人それぞれだから。
この度の、坂東眞砂子バッシングに、こういう(偽善的な)人たちも含まれているように思えてならない。
・・・と、なんだかんだ言いつつ、あんなに愛らしい犬猫の赤ちゃんを崖から落とすことが、ただただ不思議でしょうがないというのが一番の感想なんだけどれども。
それにしても、坂東眞砂子氏の今回の騒動は、不買運動どころか、彼女のホラー小説の宣伝となり売上に貢献するのではないだろうか(まさか戦略?)。
- 2006/08/24(木)
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「となり町戦争」は現在、映画製作中だが、近年の日本での小説の映画化ラッシュ
の中で、映画化が意外だった作品の一つだ。
こうも続々と(しかも速攻で)小説が映画化されると、小説を読んだ後に映画化の
有無を予測する癖がついてしまった(勝手にキャスティングまでしてるし)。
小説「となり町戦争」は、戦争までもガチガチのお役所仕事で遂行していく様子や
民間企業への委託の件など、非現実と超現実の組み合わせが面白かった。
なんで、こんなに役所事務手続きに詳しいんだ?と思っていたら、著者が現役の
公務員と知って、なるほど納得。
ただ、出だしは面白かったのだけど、徐々に減速して、ちょっぴり中だるみ。
戦争モノ(?)でありながら登場人物が少なく、映画のキャストを見れば、誰が
どの役か一目瞭然。能面系美人の役所職員、香西さん役に原田知世はいいとして
江口洋介は、小説の主人公の「僕」のイメージと随分違う。
小説の主人公は物事に身を任せ、自己主張があまり無いタイプだが、
エグチは、周囲に翻弄されず毅然と我が道を突き進むイメージが強い。
主人公の年齢も、もっと若い設定ではなかっただろうか。
少なくとも、原田知世役の香西さんより年下で頼りなげな感じだった。
どちらかといえば、今映画に出ている瑛太の方が主人公のイメージに近いような。
瑛太って、最初の頃はいじられ役が多かったけど、「となり町戦争」といい、
今秋公開の「アヒルと鴨のコインロッカー」といい、ようやく美男子役が増えて
きたようだ。にしても、最近引っ張りダコ

だなぁ。
そして、同じ戦争小説(?)である「図書館戦争」の方も、非現実的な話でありながら、妙にリアリティーもあったり。ちょっと、映画「Vフォー・ヴェンデッタ」を彷彿とさせた。
小説は未来の話だけど、歴史をたどれば、世界中で多くの本が焼かれ人の命までも奪われてきたのは事実であり、今現在も、世界中に(日本も含めて)まだまだ言論統制や出版規制は存在している。
歴史は繰り返す、というわけで、未来に同じようなことが起こり得ないとは断言
できない。図書館がこんなにカッコいい組織になっているとは思えないが(笑)。
恋愛の部分は結構ベタでライトノベルや少女漫画っぽいのも悪くなく、
登場人物それぞれキャラや独自の話し方が面白かった。
テンポの良い掛け合い(漫才?)がてんこ盛りで笑える半面、美人で冷静沈着、
洞察力鋭すぎの柴崎や出版社に勤める女性などが話す深いセリフにハッとさせ
らることもあった。
さて、この小説も映画化されるのだろうか?(郁=井上真央とか?)
なんとなく、萌系アニメの方が似合いそうだけど。
ちなみに、「となり町戦争」の著者、三崎亜紀さんは男性で、
「図書館戦争」の著者、有川浩さんは女性。まぎらわし〜。
読んでいる最中、有川さんを萌好き男性と誤解していた(笑)
→三崎亜紀さん画像→有川浩さん画像
- 2006/08/23(水)
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絲山秋子さんの「イッツ・オンリー・トーク」を、2年ほど前に読んだ。彼女の本を手に取ったきっかけは、「イッツ・オンリー・トーク」に収録されていた、「第七障害」が目当てであった。

私の母が馬好きで、競争馬の安楽死を知る度にひどく落ち込み、私に電話を掛けてくる。
そんな時、私もなんて言えばいいのか分からず、馬の故障や安楽死をテーマにしたネット記事や書籍を探しているときに、「第七障害」を知った。
ちょっぴり投げやりな感じで、ポンポン交わされる会話が
小気味良く、一気に絲山ワールドに魅了された。
日経新聞夕刊に、「プロムナード」という曜日別リレー形式のエッセイ欄があり、絲山秋子さんの番である毎週水曜日を楽しみにしていたのだが、7月で作家の入れ替えがあり、日常の楽しみが一つ減ってしまった。家の中の文房具一つについて書くにも、読み手を引き込ませる力をもつ人だ。
同じく、日経新聞朝刊に連載されていた「愛の流刑地」は、スルーしていた。
週刊新潮での彼のコラム「あとの祭り」も、たまにスルーする(笑)
抱腹絶倒もの「
文学賞メッタ斬り!」で、直木賞の選考委員としての彼のアレコレが書かれているが、折りしも、「愛ルケ」が日経に連載されていた頃、東野圭吾が 「容疑者Xの献身」で 念願の直木賞を獲得し、ようやく 渡辺淳一の呪縛から解放されたんだなぁ、としみじみ思ったものだ。
そんな二人の小説が、”寺島しのぶ&トヨエツ”という、同コンビで映画化。
(C)やわらかい生活製作委員会「イッツ・オンリー・トーク」が映画化されると知ったとき、「はて? あの小説は映画向きだったっけ?」と、ちょっぴり意外に思った。
映画のキャストでは、ニートで居候のいとこ役をトヨエツが演じるが、小説では、いとこの年齢が不詳のまま話が進行する。読んでいるうちに、彼の言動や頼りなさから、主人公より年下のいとこで20代だと思い込んでいた。
しかし、話の終わりごろになって、彼が44歳だというオチ(?)があり、思わず、「してやられた! 座布団一枚!」 と唸った記憶がある。

さすがに映画で、その手法は
(というものでもないのかもしれない)
不可能なわけで、最初から40代として
登場するトヨエツ様。

出会い系サイトで知り合い
場末の映画館で痴漢プレイをする
インテリの建築家役に、田口トモロヲ。
彼が演じると、どんな役も深く心に残り
彼が出ると、つい目で追ってしまう私は
隠れトモロヲファンなのか...。
一方、連載を全く読んでいなかったにもかかわらず、「映画化されるんだろうな」 と思っていた 「愛の流刑地」。結果、映画化&ドラマ化という、まさに失楽園ブームを狙った企画の完成。
ただ前回は、「黒木瞳&川島なおみで男のハート鷲掴み作戦」が効を奏したが、寺島しのぶという女優さんは男性よりも女性うけの方がいいような気がする。
さて、ドラマ版では誰がやるのか、愛ルケファンの男性は気になるところだろう。
映画「愛ルケ」の監督は、映画初監督の 鶴橋康夫氏。彼の手掛けた作品で、ドラマ、「永遠の仔」「リミット」「天国への階段」「砦なき者」 を見たが、どれもこれも、テーマが
重っ!! 重すぎるっ・・・
「永遠の仔」と「天国への階段」の小説を読んだとき、しばらく引きずったが、ドラマもよく出来ていて、毎回、見ながら息苦しかった記憶がある。
ひょっとして、「愛ルケ」も、重い部類に入るのか?


ちなみに、今回登場した作品の最多出演賞は、
ブッキー(妻夫木聡)。↑右2つ
「やわらかい生活」では気弱なヤクザ役だった。
ま、まさか、
「愛ルケ」にも・・・!? (年齢・内容的にあり得ないし)
- 2006/08/08(火)
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初っ端、ブラック・アイド・ピーズのファーギーがステージに登場した途端、
ウォーリー 他のメンバーを探せ!で、無駄な時間を消耗してしまった。

冒頭の約10分で船内の主要人物が出揃い、その時点で
最後まで生き残る人と、絶対にお亡くなりになる人、
そしてグレーゾーンの人の、3つの分類が完了。
中には、キャスティングの段階で、ほぼ当確される方も。
死するグループに属する者は、どうしてもその定められた運命に逆らえず、
生き残るグループに属する者は、超アンビリバボーな絶体絶命の危機をも
乗り越える強運を持っている。
「CUBE」のように俳優の格付けが未知数の場合や、
「ディープブルー」を除いて。(
ディープブルーの記事)

予告を観て、てっきりマット・ディロンが出演して
いると思っていた。
この微妙にヘン顔なニセディロンは誰?と思ったら、
弟のケヴィン・ディロンであった。
残念ながら、その時点で、彼の運命は激変する。
キャラクターも、こういう映画になくてはならない存在で
ある意味、重要な役であった...。
ウェイター、大活躍!
彼のおかげで危機を脱することができた。
・・・・・。 それなのに!
許せん。(↓ 下に彼の
特集組んでみた)

カート・ラッセル、昔取った杵柄で奮闘。
ここで、バックドラフトの復習をしよう。
それにしても、この世の中、強い父親というのは、そういるものでない。
例えば、私の父親の場合、5mすら潜水できそうになく、
私の方がまだマシ、というのが厳しい現実の世界である。
今回、「娘にとって恋人と父親、どちらが大切か?」という、
アルマゲドン的テーマについて、少し考えてみた。
親子の愛情というのは、概ね半永久的に持続するが(例外あり)
男女の仲は、脆く儚いものである。
たとえその時、燃え上がっていても、1年後も同じとは限らない。
例えば、絶体絶命の場面で二者選択を迫られ、父親より恋人を選んだ場合、
その後、その男が浮気でもしようものなら、悔いても悔やみきれない。
また、自分自身が別の男性を好きになるにも、罪悪感に苛まされ、
一生、父親の呪縛から解放されることはない。
かといって、父親を選んだら選んだで、その恋人は永遠に美化され、そのまま
”いかず後家” になった日には、事あるごとに、父親を恨めしく思うことであろう。
ああ、なんという重いテーマであろうか。

少年の父親はハリソンフォード。
だった(注:おじいちゃんでありません)
この子、「ファイヤーウォール」の時といい
どんな危機に面しても、あまり動ぜず、
いつも飄々としている。
恐るべし。
で、映画館を出たとたん、目に飛び込んできたポスター

あらまぁ、ごきげんよう。
「夢駆ける馬ドリーマー」でも
共演! あんなことがあったのに...。
↓
ウェイター ↓ ↓(この下にいます)
笑顔がキュート!!!!!
(ダコタのことではありません)

顔小さっ!ダコタと同じやん。

その分、奥さん
デカッ。
なんか、見直した!
フレディ・ロドリゲス、万歳!
- 2006/08/05(土)
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