たなおろス。

妄想癖・脱線症と戦いながら、映画や本、世事について、思ったことを 棚卸し(たなおろし)するブログ。

2007年4月の読書

『哲学者というならず者がいる』 中島 義道
『ロング・グッドバイ』 レイモンド・チャンドラー 村上 春樹
『海辺のカフカ (上)』 村上 春樹
『海辺のカフカ (下)』 村上 春樹
『失踪者』 フランツ カフカ 池内 紀
『石の扉―フリーメーソンで読み解く世界』 加治 将一
『ホモセクシャルの世界史』 海野 弘
『今日のデザート帖』 長尾 智子

哲学者というならず者がいる ロング・グッドバイ 海辺のカフカ (上) 海辺のカフカ (下) 失踪者 石の扉―フリーメーソンで読み解く世界 ホモセクシャルの世界史
今日のデザート帖



再読本

『民は愚かに保て―日本/官僚、大新聞の本音』
カレル・ヴァン ウォルフレン 篠原 勝
民は愚かに保て


  1. 2007/04/27(金)
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ハンニバル×ディノ・デ・ラウレンティス

「ハンニバル・ライジング」の製作は、かのディノ・デ・ラウレンティス(Dino De Laurentiis)。イタリア出身の映画プロデューサーで、大御所である。
戦後まもなくから現在に至るまで手掛けた映画はあまりにも多く、そのラインナップは多岐に渡り、そして玉石混淆(笑) (彼が手掛けた作品
何はともあれ、彼が映画界に残した功績は大きい(私はフェリーニの「道」が好き)。

相方が、ハリウッドのディノ・デ・ラウレンティスのオフィスに行ったことがあるというので、「どんな人?」と聞くと、
「すっごいお爺ちゃん」
・・・それは知ってる。他には?
「小さくて、奥さんはかなり年下、英語があまり上手くない」
・・・あ、そう。(実りの少ない会話であった)

確かに、彼は80歳後半で、かなり小柄で、妻のマーサさんは娘ほど年下。さらに孫のような娘も。あの小さな体で、公私共にまだまだ現役というところが、すごい精力だ。「ハンニバル・ライジング」のプロモで来日していなかったのは気になるが。

ちなみに、彼のオフィスにはオスカー像が飾ってあったそうだが、なんの賞だろう?まだ2001年のアカデミー賞で「アーヴィング・タールバーグ記念賞」を受賞する前のことだ。

ハンニバル・レクターシリーズ

レクターシリーズの映画といえば、「羊たちの沈黙」→「ハンニバル」→「レッド・ドラゴン」→「ハンニバル・ライジング」と思われがちだが、「Manhunter」('86、邦題「刑事グラハム/凍りついた欲望」)こそが、レクターシリーズ正真正銘の第1作目。
といっても、原作は「レッド・ドラゴン」。つまり、グラハム捜査官をエドワード・ノートンが演じた「レッド・ドラゴン」はリメイク版となる。

レッド・ドラゴン「刑事グラハム/凍りついた欲望」は、その後のレクターシリーズのヒットにあやかり、現在のDVDタイトルは、「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」に改題されている。”凍りついた欲望”というサブタイトルもすごいが、改題後のサブタイって・・・・。「羊たちの沈黙」「レクター博士の沈黙」って、スティーブン・セガール沈黙シリーズかい。(羊は沈黙してたけど、レクターの沈黙ってなんだ?)

「ハンニバル・ライジング」を観た帰りに、相方から、ディノ・デ・ラウレンティスとトマス・ハリスについて、あれこれ聞いた。

80年代当時、トマス・ハリスの小説はすでに売れていたものの、内容が内容だけに「レッド・ドラゴン」の映画化の権利を売り込んでも、なかなか買い手が見つからなかった。
先に映画化された処女作「ブラック・サンデー」が、パレスチナ問題を扱った上に、実在するテロ組織”黒い九月”を実名で登場させた問題作だったこともあるかもしれない。(日本でも、公開が中止された)

そんな時、権利を買ったのが、ディノ・デ・ラウレンティス。
それ以降、今日に至るまで、ディノ氏とトマス・ハリスは切っても切れない関係が続いている。

さて、二人がタッグを組んだ第一作目の映画「刑事グラハム/凍りついた欲望」(マイケル・マン監督)は、興行的にコケてしまう。
すると、ディノ・デ・ラウレンティスは、持っていた「羊たちの沈黙」(The Silence of the Lambs)の映画化権を、オライオン・ピクチャーズに譲ってしまう。
蓋を開ければ、脚本はよく出来ているわ、ジョディ・フォスターが主演するわで、アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演男女賞・主演男優賞・脚色賞と、主要部門を総なめ。
今にしてみれば、もったいないお化けが出そうな話だが、それが功を奏した・・・とも言えるので(笑)、権利を譲ったディノ氏には感謝したいところである。
また、倒産ギリギリだったオライオンは、この天からの授かりもので首の皮が繋がった(が、結局MGMに買収される)。

アカデミー賞で俄然注目が集まるトマス・ハリスの次回作の権利を、ディノ・デ・ラウレンティスが獲得するのは当然の成り行きだったであろう。トマス・ハリスにとって、最初に手を組んでくれたディノは恩人なのだから。もちろん、ディノも恩を売ったんじゃなくて、相当のお金を積んだわけだが。

そんなこんなで、再びディノ・デ・ラウレンティスで製作された「ハンニバル」は、羊以上の興行成績をあげたものの、作品としては前作に及ばなかった(個人的意見)。

続いて、ディノさんは、前回は無かった「羊たちの沈黙」の看板を引っさげて、「レッド・ドラゴン」のリベンジ・リメイクをする。「レッド・ドラゴン」は小説も面白かったし、日の目を見て良かったと思う。Mなフィリップ・シーモア・ホフマンも拝めたし。

そして、今回の「ハンニバル・ライジング」では、トマス・ハリスが無謀にもプロデューサー・監督・脚本家の3役をこなし、ディノと強烈なタッグを組んだ。(ちなみに配給は、オライオンを買収したMGMだったりする)

ブラック・サンデートマス・ハリスは、長い年月で5作しか発表しておらず、もはやレクターシリーズで食べているといっていい(いいですか?)。
小説を書けば映画化も保証されているというわけで、映画を意識しすぎたあまり、映画のノベライズのようになるのではないかと心配だ。(すでにその兆しが・・・)
処女作の「ブラックサンデー」が読み応えがあっただけに、読者としては、一度ハンニバル・レクターの呪縛から解き放たれて欲しいと思ったりする。

でも、やっぱり、ディノに頼まれて続編を書くんだろうな・・・。

生きているうちに、とことんレクターの旨みを吸い尽くそうというディノと、もはやレクターにがんじがらめになっているトマス。二人の思惑が一致している限り、まだ続編がありそうだ。

とはいうものの、ディノ・デ・ラウレンティスも、もうすぐ90歳。時間が無い!
今頃、ディノにせっつかれて、トマス、必死で書いてるんじゃなかろうか。

はたして、存命中(失礼!)に次回作は間に合うのか!?
(どっちにしろ、マーサ・デ・ラウレンティスが引き継ぐだろうけど・・・)
固唾を呑んで見守ろうと思う。

(映画の感想はコチラ → Yum!ハンニバル・ライジング

  1. 2007/04/25(水)
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Yum!ハンニバル・ライジング

これまでのレクターシリーズといえば、レクター博士とウィル・グラハムやクラリス・スターリングといった優秀なFBI捜査官との対決が見ものだったが、新作の予告編でもそれを匂わせる作りとなっていた。

ポピール警視の前に座った若きハンニバル・レクター(ギャスパー・ウリエル)がワインを片手に「Good evening, inspector. Yum!」(今晩は、警視。うまそうだ」と不敵に笑う。
ハンニバル・ライジング

ところが、「Good evening」と「inspector」と「Yum」のセリフは実は寄せ集めで、セリフ及び字幕が被る映像も全然違うシーンのものだということを、本編を見て知ることとなる。

これは明らかに意図的で、少なくとも警視との対決部分において、予告編は本編とは別のストーリーに仕立てられている。これは、ミスリードというより、単に、出来上がった作品への苦肉の策だったのではないだろうか。知らんけど。まさか、次回作を視野に入れた・・・なんてことは無いだろうし。

ピーター・ウェーバー監督の前作「真珠の耳飾りの少女」は、スカーレット・ヨハンソンとコリン・ファースの「主人と召使〜禁断の一触即発劇場」で、スカヨンがあちこちで撒き散らす吐息(というか吸息?)が官能的だった。
今作も、男女の上下は逆ながら親子ほど歳の差があるコン・リーとギャスパー・ウリエルが「甥と叔母〜禁断の寸止め劇場」を繰り広げる。

若い子に負けじとコン・リー姐さんも吐息交じりの囁き声でギャスパー君の心を惑わし、あのハンニバル・レクターが蛇の生殺し状態である。
「真珠〜」のスカヨンは高まった性欲の捌け口を別の男に求めるが、ハンニバル君は欲求不満の捌け口を「殺人」に向ける。なんとも罪深い叔母である。
その後のクラリスへの偏愛を考えても、レクターの女運は良くないようだ。
(なお、スカヨン嬢とギャスパー君は、誕生日3日違いの同い年である)

さて、ハンニバルの叔母がレディムラサキ(紫式部由来)という日本人ということから(そんな名前の日本人に会ったことございませんが)、日本趣味がふんだんに散りばめられている今作。生粋の日本人ならまずしないと思われるインテリアや服装がてんこ盛り。

洋室に不似合いな日本画とか(コッポラ家か)、天井から能面が吊り下げられ鎧や刀が奉られている陰気くさい部屋とか(あれをわざわざ日本から運んだのか?)、日本人が着ているのを見たことが無いテロテロのキモノ調の部屋着とか(浅草の仲見世あたりでは売っている)。
唯一の救いは、リトアニア人もやフランス人もドイツ人も、皆一様に英語を話すくらい言語が無視されてたので、コン・リーのカタコトの日本語が無かったこと。見た目は気にしない。コン・リー姐さん綺麗だったし。

映画にだけは寛容な相方が、唯一苦言を呈したのが、日本刀であった。
「あんなペラペラの日本刀はない」(その他、脇差がどーたら、飾りがどーたら)
ちなみに、知人のアメリカ人留学生ジャックは、その辺の日本人(私のような)よりも日本刀に詳しく、ゲームオタクなだけじゃなく日本刀オタクだったことが最近判明。クールジャパン好きのイマドキの外国人は、日本人より日本文化の知識があったりする。
最近ジャックと相方は、表参道にある「ギャラリーサムライ」に行ったようで、日本刀を見つめるジャックの目が異様に輝いていた、と相方は言っている。

劇中の若きハンニバル君も、ムラサキ叔母さん所蔵の日本刀や鎧に目を輝かせ、一瞬にして虜になる。そして一連の復讐劇に積極的に取り入れるのであった。
例えば、

【晒し首】
大阪の陣の巻物に描かれた晒し首に魅せられ、それを模倣するハンニバル君。鎧兜の前に奉るのはどうよ。

【背中に刀】
という図は、「ブレイド」「キル・ビル」など日本マニア映画に度々登場するが、ハンニバル君は忍者の存在をどこで知ったのだろうか。

【面頬】
憑かれたかのように、甲冑の面具を顔にあてるハンニバル君。
後のレクターを髣髴とさせるシーン・・・というか、それのためだけに面頬を使いたかったんだろうな、と思われるが、用途という点では、方や拘束、方や防御と、似て非なるものである。
元来、面頬の口元には、ヒゲや歯などの装飾がついていたりするが、映画の面頬の口には、彼が将来身につける破目になる拘束具と同じ仕様になっている。そういう面具が実際にあるのか?ハンニバル仕様なのか?
ハンニバル・レクター 新旧対決

と、あれこれ言ったものの、日本趣味については、目をつぶろう。
しかし、レクターの天才と狂人紙一重の超人キャラそのものを揺るがす過去の暗い秘密には、ちょっと待った。
「レッド・ドラゴン」のダラハイドは、幼少期のトラウマから別の人格が生まれ殺人を重ねる。
しかし、レクターはその範疇にはおさまらない、というか、おさまって欲しくない。
そもそも、幼少期の悲惨な体験が、あのような嗜好まるだしの快楽殺人に繋がることには無理がある。もしあのような体験が無かったら、彼は普通の人生を歩んでいた・・・とはとても考えにくい。

なんたって、ハンニバル君、生まれて初めての殺人(ブッチャー殺し)から、憎しみより快楽が前面に押し出ていたし、二人目にして、カニバリズム(人肉嗜食)に目覚めている。これはもう、「目には目を、歯に歯を」を超えた、彼の生まれ持った嗜好であろう。

然るに、ハンニバル・レクターは、幼少期のトラウマが狂気を生み出した・・・というより、もともと異常な性質を持ちあわせていたところ、たまたま幼少期に悲惨な体験を持ち、仇討ちで特異な嗜好に目覚めた、と思うことにする。
そして、後に、自分の元を訪れる精神病患者や音程がずれただけの音楽家など一般市民に手をかけ、食すのである。ミーシャのことがなくても、いずれ。

というわけで、私は、「羊たちの沈黙」と「ハンニバル・ライジング」を、全くの別物として切り離すことにした。どっちにしろ、ギャスパー君がン十年後にアンソニー・ホプキンスになるなんて、物理的に無理があるし。

しかし、レディムラサキとの関係といい、ポピール警視(ドミニク・ウェスト)の扱いといい、すでに続編の匂いがプンプンする。
主役が若返ったことで(ギャラも安くなったし)、映画の続編が作りやすくなった今、プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスに頼まれて、すでにトマス・ハリスが書き始めている気がしてならないのだが。
→ディノ・デ・ラウレンティスとトマス・ハリスについてのブログ記事

最後に。
ハンニバル・ライジングハンニバル君が”Yum!”と言うセリフは数回あるが、どれもこれも(魚も人間も)、”Yuck!”(おえっ)だった。
そして、個人的に一番Yuck!だったのは、グルータス(リス・エヴァンズ!)が口の周りに羽毛をつけながら鳥を生で貪るシーンだ。

  1. 2007/04/24(火)
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ドラマ「ハゲタカ」が政治抜きな理由

昨日、ハゲタカ→バルチャーネタで思いっきり脱線してしまったので(→ハゲタカのどうでもいい話)、仕切りなおして、ドラマと本の「ハゲタカ」について。

ドラマの1話でさっそく登場したが、不良債権処理といえば、デューデリ(デューデリジェンス)やバルクセール。私は以前、それに関わる仕事をしたことがある。不良債権を抱える銀行側ではなく、それを買う(再生する)側の会社で。

「ハゲタカ」のバルクセール銀行の決算である3月ともなると、全国の銀行(メガバンクから地銀、信用金庫まで)からバルク案件資料がぎっしり詰まった段ボールが大量に送られてきて、オフィスのフロアを埋め尽くす様は圧巻だった。

初めて、値のついたバルク一覧を見たときは、かなりギョッとしたものだ。
ドラマ同様、買付け金額欄に「」という数字が並んでいたのだから。
1は1でも、ドラマのように1円じゃなく1万円だったけれど、それが後順位抵当権や債権回収不能に陥っているとはいえ、不動産価格なのだから驚く(原作では0円)。
そういった案件が ”ポンカス”と呼ばれていたのもドラマと同じだった。

そんな1が並ぶ中でひと際目立つ、桁外れの値がついた案件は、それ一つで、ちょっとした中小企業の年間利益を生み出していた。
原作「ハゲタカ」で、このバルクセールが”福袋”と称されていたが、玉石混淆・十把一絡げ、トータルでお買い得・・・という意味で、福袋とは言い得て妙。
でも、はっきり言ってあれは、常軌を逸した、異常で非情な世界だった。
登記簿謄本や不動産の写真を見て、数字上でたった1と査定された物件の債務者たちの状況を想像し、暗澹たる気持ちになった。

「ハゲタカ」でストーリーの中心を担う三葉銀行(途中で統合してUTB銀行)のモデルは、旧三和銀行(後のUFJ→三菱UFJ銀行)。
同じく旧三和らしき銀行が登場する高杉良の「金融腐蝕列島」シリーズが読み手の想像に任せる形なのに対して、「ハゲタカ」のモデル丸分かりの企業名が笑える。
森永卓郎著「誰がウソをついているのか」にも書いてある、不良債権処理のカラクリは以下のとおり。

バブル崩壊後、銀行がなすすべも無く不良債権を放置していたところ、アメリカから早急に不良債権を処理するよう圧力が掛かり、小泉元首相はブッシュに約束する。
アメリカではすでに金融破綻が起きていて、それを補填するための資金が欲しい。そこで、自分たちの国と同じ過ちを繰り替えそうとしている日本に目をつける。一度自国で不良債権処理の経験を積んだ彼らにとって、日本人相手に再現するなんてお茶の子さいさい。何より、日本の政府の保証つきだ。

2005年度、大手銀行は軒並み好決算を発表。中でも、三菱UFJの最終利益は群を抜き、トヨタまでもを抜いて日本一になった。
なんてことはない、担保不足に陥った銀行がそれまで積んできた巨額の貸倒引当金−−−その繰戻益が、大量の不良債権処理後に軒並み発生したのだ。
では、なぜUFJが他行の群を抜いていたのか。
UFJは、一等地に担保不動産を保有する企業(ダイエーなど)の債権を多く抱えていた。それらの土地や資産を二束三文で買い取りたいとするハゲタカファンドと金融庁が水面下で手を組み、UFJの融資先に狙いを定め、強引に不良債権処理を迫ったといわれる。
そして2005年、UFJは他行より頭一つ出た5389億円もの引当金の繰戻益が発生。三菱UFJの好決算は、金融庁によるやり過ぎた不良債権処理の結果でもあったのだ。

多額の貸倒引当金を積み増しさせられ大幅な赤字を出した銀行は、一刻も早く不良債権を売却(放棄)したい。これまでのように、問題を先送りしている場合じゃなくなった。
ドラマ「ハゲタカ」の1話での、強気の外資ファンドと銀行とのバルクセールの交渉には、そんな背景があるのだ。

その辺のことは、東洋経済の3/10号に掲載された、「ハゲタカ」原作者の真山仁氏とドラマの経済考証を担当したM&Aアドバイザーの佐山展生氏の対談でも言及されていた。この対談が、なかなか面白かった。

外資に日本の銀行の不良債権が買いたたかれたと言いますが、私が、日本の銀行の担当者に聞いたところでは、別に高く売らなくてもいい、様は売却できればいいんだということでした。自分の資産だったら、誰がそんなことをしますか。そういう意識がない。高く売れなくともよいという人と、少しでも安く買いたいという人では「勝負あり」ですね。それがバブル崩壊後の構造なのです。(佐山氏)

映画「バブルへGO!! 」で、バブル崩壊を加速させた旧大蔵省の通達(総量規制)が取り沙汰されていたが、そもそもバブルという実体の無いものを煽った責任の方が大きい。もし本当に悲惨な状況を食い止めようとするならば、「バブルへGO!」が正しいだろう。多くの実直な犠牲者を出さないためにも。
日本の地価はまだまだ上がるという報告書を流し、銀行に融資を煽ったのは、旧・大蔵省を初めとする官僚だ。銀行は大蔵省お墨付きの土地神話を鵜呑みに信じて、融資を乱発した。その後、あっと言う間に反故にされると言うのに。
そして痛手を負った一般市民や企業、銀行に対して、何のお咎めも謝罪もないままの官僚たち・・・。(→ バブル時の銀行マンとの会話編)

しかし、ドラマ「ハゲタカ」では、その辺の話が出てこなかった(と思う)。
その疑問が、先に挙げた東洋経済の対談記事を読んで氷解。

NHKの制作者と話した時、彼らは物語を金融制度や政治の話にしないで、茶の間の話題として、できるだけ身近な物語にしたいと、語っていました。おカネとは何か、会社とは何か、です。 (真山氏)

あ〜、なるほど。
確かに限りある放送枠の中で、テーマを絞った方が視聴者には分かりやすい。
しかし、実際には、不良債権問題は政治を抜きにしては語れない。
ドラマの制作がNHKというところに、政治的介入が見え隠れするのは気のせい?

もともと、小説「ハゲタカ」では、「銀行やハゲタカ(外資)だけが悪いのか?」という疑問を投げ掛けている。

私が小説の取材で痛感したことは、日本人はイメージ操作に弱くて、誰かが外資が襲ってきた、ハゲタカが来たと声高に騒ぐと、本質を見ないで価値判断をしてしまう、という点です。
(真山氏)

ちなみに、マネージャパン4月号には、原作者・真山仁とドラマの脚本を手掛けた林宏司の対談が載っていた。経済紙を中心にタイアップしているのか、他にもあちこちで広告を見かけ、NHKの力の入れ具合が分かる。
なお、林宏司氏といえば、「ビッグマネー」「救命病棟24時」「離婚弁護士」「医龍」と、なかなか面白いラインナップだ。次は何の分野を手掛けるのかも楽しみ。

小説は、ドラマの1〜3話が「ハゲタカ」、4〜6話は「バイアウト」。
「バイアウト」は、単行本時に「ハゲタカ2」に改題された。さすがドラマ効果。
しかし、本屋で平積みをされているこの本を見て、「あっ、もう続編が出た!やるな、真山仁」と勘違いしたのは、私だけではあるまい。

ハゲタカ(上)ハゲタカ(下)ハゲタカ2(上)ハゲタカ2(下)ハゲタカ(上)
ハゲタカ(下)
ハゲタカ2(上)
ハゲタカ2(下)

それにしても最近、東京一等地で、テナントがガラッと変わり外資ファンドの匂いを濃厚に漂わせてる商業ビルを、ホントよく見かけるようになったなぁ・・・。

  1. 2007/04/20(金)
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ハゲタカとパトリック・スチュワート

NHK連続ドラマ「ハゲタカ」。大森南朋主演と聞けば、これは見ずにいられない。
アランはなんともビミョーだったが(笑)
大森南朋扮するのが、ハゲタカファンドの鷲津。タカとワシ・・・。
最初は原作者・真山仁のシャレかと思ったが、小説を読むと、敏腕マネージャー鷲津につけられる「ゴールデン・イーグル」(イヌワシ)という異名との絡みで重要な役割を果たしていることが分かる。

トリビア的にいえば、大きさの違いで大雑把に区別される同じ鳥(→関連記事)。
ハゲタカハゲタカという名の鳥は実在せず、ハゲワシやコンドルの俗称らしい。また、頭部に羽毛がないのは、動物の死体に頭を突っ込んでお食事する時に汚れないように、という理に適った姿らしい。(確かに人間だってラーメン食べる時に髪がかかると不衛生だ)
彼らも、むやみやたらに禿げてるわけじゃないのである。

もともとハゲタカ・ファンドは、アメリカでバルチャー・ファンドといわれる。バルチャー(Vultur)=ハゲタカ。ハゲタカの生態は万国共通なわけで、死にかけた(倒産寸前)企業を買収する彼らを死肉を漁るハゲタカ(Vultur)に喩えたもの。(ただ、ハゲタカ・ファンドが鳥と違う点は、食いきらずに、再生するところだ)

そんな外資ファンドが日本でハゲタカと呼ばれて久しく、メディアや巷では、それまでタブーだった一語が遠慮も無く連呼されるようになった。
そしてドラマ化によりその一語はますます猛威を振るい、ある日突然「禿げたか?」と後ろから声を掛けられてドキリとしたら、ドラマの話だったなんてこともあるかもしれない。
何気ない日常会話のやり取りに、傷ついたり肩身の狭い思いをし、話題のネタを提供したNHKを密かに呪った方もいらっしゃるだろう。

もうすぐ待ちに待ったスパイダーマン3が公開されるが、原作のマーベルコミックで打倒スパイダーマンとして結成されたシニスター・シックスという悪役集団がいる。
そのメンバーの一人にVultureというのがいる。Vulture、つまり、ハゲタカ。

Vulture 注:フィギュアです


う〜ん、渋い。アメコミ屈指の高齢キャラだろう。

いつか実写化される日には、ぜひ、アラン・アーキンかパトリック・スチュワートに演じてもらいたいものである。ただ、さすがにプロフェッサーXが次に悪役を演じることは現実的に不可能だろうけど。(最近はブルース・ウィリスも予備軍である)

何気に、ウィキペディアの脱毛症のページを見たところ・・・・
我が目を疑う事態が!!!


脱毛症のパトリック・スチュワート



「俳優パトリック・スチュワートの禿げ頭は特徴的な魅力の一である」

「禿げ頭は特徴的な・・・・・」

「禿げ頭は・・・・・」


う〜ん、確かに彼は、イケてるハゲだ・・・・って、いいのか、これは(笑)

しかし、なぜに、脱毛症の解説にハリウッドスター??
日本にだって、イケてるハゲはたくさんいるのに。
と思ったら、なんてことは無い、英語版 Wikipediaのalopecia(脱毛症)のページにも使われていた(笑)

パトリック・スチュワートは、世界が認める alopecia だったのだ!

なお、脱毛症のページ Vulture役を日本の俳優が演じるならば、ここはぜひ、
大森南朋パパの、麿赤児 様を推薦したい。(渋すぎる)


・・・と、鳥や毛髪の話はこれくらいにして、ドラマ&小説「ハゲタカ」について。
本題に入る前に長くなってしまったので、続きはこちら →今度こそ、「ハゲタカ」の話


  1. 2007/04/19(木)
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今日も選挙カーがゆく

統一地方選挙後半戦ということで、スピーカーを使った選挙運動がうるさくて仕方が無い。はるか彼方から聞こえてくる、内容は不明確でもがなり声はしっかり届く街頭演説がようやく終わったと思ったら、選挙カーが周辺をぐるぐる回る。連呼しまくるその名前の輩だけには投票するもんか、と思っても、次々にゾンビの如く別の候補者が現れ、きりが無い。

公示日であった日曜日から始まったわけだが、投票日前日の土曜日まではこれが続くこととなる。最終日の土曜は相当うるさいと推測されるので、映画館にでも篭ろうかと思う。そして日曜日の投票はちゃんと行く。

久しぶりに平日に会社を休んで家にいたら、朝から晩まで間断ないスピーカー攻撃。サラリーマンのせっかくの安息や、赤ちゃんや夜勤で寝ている人々の生活を乱す権利がどこに?
先進国で、今どきこんなことをやっている国はあろうか。
アメリカ人の留学生ジャックは、日本に来て、まずこの選挙時の選挙カーに驚いていた。(哀しいかな、それが日本なのだよ、ジャック・・・)

今日は雨が降っていたのだが、過去最大のドン引きスピーチを聞いた。

「冷たい雨の中、お勤めご苦労様で〜す♪お仕事大変でしたね〜。
学校帰りの学生さん、雨の中、お帰りなさ〜い♪
買い物帰りのお母さ〜ん♪お夕飯のお支度は済みましたかぁ?お疲れ様で〜す」

おいおい。
一体全体、そのトークはうぐいす嬢のアドリブなのか。シナリオ通りなのか。
どちらにしても、この候補者にだけは絶対に清き1票は投じまいと、その名を深〜く心に刻ませていただきました。そして、「雨よ、もっと降れ。あの不快な声をかき消しておくれ」と天に祈りましたよ、私は。税金が水に流されるのだとしても。

公職選挙法で、選挙カーに公費(=税金)負担が認められている。
車のレンタル代、燃料代、運転手代が7日間で最高計24万6050円、ハイヤー一括貸し切りで45万1500円。車上運動員(うずいす嬢)の日当の上限が15000円。
今回の統一地方選挙の区議選の立候補者がうちの区で約40人、東京都で1,110人。選挙期間7日間。
さて、選挙カーに使われる税金まるごとハウマッチ?

昨日のドン引きスピーチにも私たちのお金が使われていると思うと、虚しくなる。
選挙活動を全部自腹で、なんて言っていない。
中には貯金を切り崩して、選挙活動を続ける候補者たちもいる。
自腹だったらやらないようなことを、税金使ってやるな、と言いたい。
税金を使って、騒音と排気ガスを撒き散らすでない。

本当に効果があると思ってやっているのか、あてがわれた公費を使いたいだけなのか、皆やってるから、やらないと損なのか。
もし自費だったら、もっと真剣に費用対効果も考えるだろう。
飲食店を新規オープンさせるオーナーが、住宅街の真ん中で店名を大音量で連呼しようなんて、まず常識では考えない。そんなことすれば、近所迷惑で、誰もお店には来なくなる。その前に通報されて、議員のように法律で守られていないから、警察から注意されるのがオチだが。

内容のある演説を特定の場所で話すのと、名前のみを大音量で連呼するのとでは天と地ほども違う。なお、公職選挙法によると、

(連呼行為の禁止)第140条の2
何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない。ただし、演説会場及び街頭演説(演説を含む)の場所においてする場合並びに午前8時から午後8時までの間に限り、次条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶の上においてする場合は、この限りでない。

2 前項ただし書の規定により選挙運動のための連呼行為をする者は、学校及び病院、診療所その他の療養施設の周辺においては、静穏を保持するように努めなければならない。


つまり、原則的に連呼を禁止だが、街頭演説や選挙カーでは認められていると?
歩きながらはダメだけど、車なら連呼はOKと?
ちなみに、うちの近所には、学校も病院もいっぱいあるけどね。

(車上の選挙運動の禁止)第141条の3
何人も、第141条(自動車、船舶及び拡声機の使用)の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。
ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第1項(連呼行為の禁止)ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。

なになに?選挙カーでの演説はダメだけど、連呼はいいと?といっても、
移動しながらの演説なんて、禁止せずとも、意味ないわけで。

選挙カーって、いったい・・・。

例えば、どこそこでやる選挙演説の告知をするとか、すごい山奥でとても歩いては政策をアピールできないとか、なら分かる。
しかし現状は、この例外的に認められた連呼行為が、一人歩きして、乱用されている気がしてならない。
税金使えるんだから、名前の刷り込みでもしときましょ、みたいな。

街頭演説も場所によっては迷惑な時もあるが、少なくとも内容のある演説や告知以外では拡声器の使用を禁止して欲しいものだ。それでも連呼したいなら肉声でどうぞ。

いざ投票する時、聞き覚えのある名前を選ぶとでも?
(高齢化社会では、あながち否定できないが・・・)

有権者はサルかオウムか。

  1. 2007/04/18(水)
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うるさい日本の選挙

うるさい日本の私うるさい日本の私
中島 義道 /新潮社 (1999/11)

賛否両論でしょうが、私は同感です。
この時期は、特に。



選挙活動真っ只中、選挙カーによる騒音が日本全国を席巻し、街中に忍耐の忍忍忍の文字が溢れていると思われる今日この頃。(いや、そうであってくれ。そうじゃない方が恐い・・・)
止め処ない騒音に、時々部屋で「うるさいっ!」と叫んでみるも、単にストレス発散の域を出ず。

ならば、目には目を歯に歯を作戦で、「そこの演説、迷惑なので即刻辞めてください!」とスピーカー返しをしたら、どんなにスッとするだろう。
いちおう、スピーカーの値段がいくらくらいなのか調べてみた。
こんな感じ(結構高い)

メガホンもし実行すれば、近所から「お前がうるさい!」と怒鳴られるか、「よくやった!」と拍手喝采を浴びるか、のどちらかであろうが、後者の方が多いのではなかろうか。
「誰かやってくれないかな〜」と、他力本願だったりもするが・・・
(同じように待っている人がいるのではないか?)

投票に行かない人にとってはただの雑音なので、選挙カーを快くは思ってないだろう。投票率から考えると、市民の約半数だ。
また、私は投票に行くが、選挙カーから流れてくるのは雑音どころか騒音でしかなく、やはり快く思っていない。
然るに、国民の大多数がうるさいと感じていると推測する。

実際、全国各地で、選挙カーや拡声器への市民の怒りが爆発しているようだ。
選挙カーや街頭演説者に殴りかかるなどして、公職選挙法違反(選挙の自由妨害)で逮捕されるというニュースが後を絶たない。

1日午前8時5分ごろ、名古屋市熱田区大宝の歩道で、愛知県議選に立候補した男性が演説中、男が「マイクを使うな。うるさい」と大声を出しながら近づき、止めようとした男性運動員(65)の腹部に頭突きをするなどして演説を一時中断させた。男は運動員らに取り押さえられ、県警捜査2課と熱田署が公選法違反(自由妨害)の現行犯で逮捕した。(産経新聞 2007/04)


5日、静岡市駿河区中島の無職、鑓野目輝夫容疑者(53)を公職選挙法違反(選挙の自由妨害)容疑で現行犯逮捕。同容疑者は5日午前10時15分ごろ、同区中原の路上で、街頭演説をしていた県議選の候補者の腕をひじで突き「やめろ、やめろ」と大声で叫んだうえ、たすきを引っ張るなどの暴行を加えた。動機などを調べている。(毎日新聞 2007/4/6)


県議選の選挙運動を妨害したとして水島署は5日、○○を公職選挙法違反(選挙の自由妨害)容疑で現行犯逮捕した。調べでは、容疑者は同日午後7時半ごろ、倉敷市水島高砂町の県道交差点で、信号待ちで停止していた選挙カーのドアを「やかましい」と怒鳴りながら開けようとするなどして、選挙運動を妨害した疑い。容疑を認めているという。(毎日新聞 2007/4/7)


この場合、本当に暴力を振るった場合もあるだろうが、単に羽交い絞めにされた腕を振り払っただけの可能性もある。
常識外れの騒音は公職選挙法で守られ、「うるさい」と言ってタスキを引っ張れば、選挙妨害と暴行の罪で逮捕されかねない。

腹に据えかねるのはよく分かる。しかし、暴力というのは結果としてこちらの不利になり、何の解決も見出さない。それにピンポイントでやっても、ゾンビの如く別の輩が現れるので、元を断たないと根本的な解決には繋がらない。

本当にうるさいなら、「うるさい」と伝える。選挙カーでも事務所でも。
選挙運動だからと何でも許されることの方がおかしい。
一人なら耳を貸さないだろうが、これが大多数ともなれば、候補者にとって有権者の評判第一なので、少しは考えるだろう。
そこで、殴りかかったり、騒音をやり返しては、元も子もない。あくまでも紳士的に、スマートにやることが大切だ。

一人一声。妨害ではなく改革。
万が一、「うるさい」の一言で公職選挙法225条の「選挙の自由妨害罪」を指摘されれば、それは戦前の人権弾圧と変わらない。
また、選挙管理委員会や選挙事務所への騒音の苦情申し立てに対して、選挙の自由という使い古された盾を持ち出されたら、「いつの時代の話やねん。ここは戦前か」と言ってみるもよし。

「私は住民の皆様の安息を尊重し、紳士でスマートな選挙活動をします」という候補者がいたら、1票投じてもいい。もちろんマニフェストは大事だが、常識の無い候補者には投票したくない。

と思っていたら、最近、こんなネットワークも。

[ノー選挙カー]「騒音、排ガス」一掃へ…推進ネット設立

15日、首都圏の新人候補10人らによって「NO!選挙カー推進ネットワーク」(代表・伊藤悠都議)が設立された。また、茨城県日立市議選では現職10人が選挙カーを自粛した。(略)
推進ネットは、車にスピーカーを設置しない、車中から音声を発しない、選挙カーに支払われる公費負担を請求しない――の3項目に賛同する候補者らで発足。東京都調布市議選に立候補した民主新人候補は「騒音、排ガスを出し、税金まで使って走る選挙カーを使わない選挙戦をします」と出陣式で宣言。(略)
「大音量での連呼は迷惑で効果も疑問。公費なら節約すべきだ」(以下略)  (毎日新聞 2007/4/16)


これだけ嫌われ者の選挙カーなので、やめることによる損失よりも、プラスの方が大きいと思われる。アピール次第では、連呼よりも効果は高いだろう。平均年齢50〜60歳の候補者には、思いつかないのか。

醜い日本の私醜い日本の私
中島 義道 /新潮社 (2006/12)

おかしいことは、おかしいと言える人になりたい。
我慢するだけでは、何も変わらない。

選挙カーが走る日本は、どう考えても醜い。



  1. 2007/04/16(月)
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