これまでのレクターシリーズといえば、レクター博士とウィル・グラハムやクラリス・スターリングといった優秀なFBI捜査官との対決が見ものだったが、新作の予告編でもそれを匂わせる作りとなっていた。
ポピール警視の前に座った若きハンニバル・レクター(ギャスパー・ウリエル)がワインを片手に「Good evening, inspector. Yum!」(今晩は、警視。うまそうだ

」と不敵に笑う。

ところが、「Good evening」と「inspector」と「Yum」のセリフは実は寄せ集めで、セリフ及び字幕が被る映像も全然違うシーンのものだということを、本編を見て知ることとなる。
これは明らかに意図的で、少なくとも警視との対決部分において、予告編は本編とは別のストーリーに仕立てられている。これは、ミスリードというより、単に、出来上がった作品への苦肉の策だったのではないだろうか。知らんけど。まさか、次回作を視野に入れた・・・なんてことは無いだろうし。
ピーター・ウェーバー監督の前作「真珠の耳飾りの少女」は、スカーレット・ヨハンソンとコリン・ファースの「主人と召使〜禁断の一触即発劇場」で、スカヨンがあちこちで撒き散らす吐息(というか吸息?)が官能的だった。
今作も、男女の上下は逆ながら親子ほど歳の差があるコン・リーとギャスパー・ウリエルが「甥と叔母〜禁断の寸止め劇場」を繰り広げる。
若い子に負けじとコン・リー姐さんも吐息交じりの囁き声でギャスパー君の心を惑わし、あのハンニバル・レクターが蛇の生殺し状態である。
「真珠〜」のスカヨンは高まった性欲の捌け口を別の男に求めるが、ハンニバル君は欲求不満の捌け口を「殺人」に向ける。なんとも罪深い叔母である。
その後のクラリスへの偏愛を考えても、レクターの女運は良くないようだ。
(なお、スカヨン嬢とギャスパー君は、誕生日3日違いの同い年である)
さて、ハンニバルの叔母がレディムラサキ(紫式部由来)という日本人ということから(そんな名前の日本人に会ったことございませんが)、日本趣味がふんだんに散りばめられている今作。生粋の日本人ならまずしないと思われるインテリアや服装がてんこ盛り。
洋室に不似合いな日本画とか(コッポラ家か)、天井から能面が吊り下げられ鎧や刀が奉られている陰気くさい部屋とか(あれをわざわざ日本から運んだのか?)、日本人が着ているのを見たことが無いテロテロのキモノ調の部屋着とか(浅草の仲見世あたりでは売っている)。
唯一の救いは、リトアニア人もやフランス人もドイツ人も、皆一様に英語を話すくらい言語が無視されてたので、コン・リーのカタコトの日本語が無かったこと。見た目は気にしない。コン・リー姐さん綺麗だったし。
映画にだけは寛容な相方が、唯一苦言を呈したのが、日本刀であった。
「あんなペラペラの日本刀はない」(その他、脇差がどーたら、飾りがどーたら)
ちなみに、知人のアメリカ人留学生ジャックは、その辺の日本人(私のような)よりも日本刀に詳しく、ゲームオタクなだけじゃなく日本刀オタクだったことが最近判明。クールジャパン好きのイマドキの外国人は、日本人より日本文化の知識があったりする。
最近ジャックと相方は、表参道にある「
ギャラリーサムライ」に行ったようで、日本刀を見つめるジャックの目が異様に輝いていた、と相方は言っている。
劇中の若きハンニバル君も、ムラサキ叔母さん所蔵の日本刀や鎧に目を輝かせ、一瞬にして虜になる。そして一連の復讐劇に積極的に取り入れるのであった。
例えば、
【晒し首】
大阪の陣の巻物に描かれた晒し首に魅せられ、それを模倣するハンニバル君。鎧兜の前に奉るのはどうよ。
【背中に刀】
という図は、「ブレイド」「キル・ビル」など日本マニア映画に度々登場するが、ハンニバル君は忍者の存在をどこで知ったのだろうか。
【面頬】
憑かれたかのように、甲冑の面具を顔にあてるハンニバル君。
後のレクターを髣髴とさせるシーン・・・というか、それのためだけに面頬を使いたかったんだろうな、と思われるが、用途という点では、方や拘束、方や防御と、似て非なるものである。
元来、面頬の口元には、ヒゲや歯などの装飾がついていたりするが、映画の面頬の口には、彼が将来身につける破目になる拘束具と同じ仕様になっている。そういう面具が実際にあるのか?ハンニバル仕様なのか?

と、あれこれ言ったものの、日本趣味については、目をつぶろう。
しかし、レクターの天才と狂人紙一重の超人キャラそのものを揺るがす過去の暗い秘密には、ちょっと待った。
「レッド・ドラゴン」のダラハイドは、幼少期のトラウマから別の人格が生まれ殺人を重ねる。
しかし、レクターはその範疇にはおさまらない、というか、おさまって欲しくない。
そもそも、幼少期の悲惨な体験が、あのような嗜好まるだしの快楽殺人に繋がることには無理がある。もしあのような体験が無かったら、彼は普通の人生を歩んでいた・・・とはとても考えにくい。
なんたって、ハンニバル君、生まれて初めての殺人(ブッチャー殺し)から、憎しみより快楽が前面に押し出ていたし、二人目にして、カニバリズム(人肉嗜食)に目覚めている。これはもう、「目には目を、歯に歯を」を超えた、彼の生まれ持った嗜好であろう。
然るに、ハンニバル・レクターは、幼少期のトラウマが狂気を生み出した・・・というより、
もともと異常な性質を持ちあわせていたところ、
たまたま幼少期に悲惨な体験を持ち、仇討ちで特異な嗜好に目覚めた、と思うことにする。
そして、後に、自分の元を訪れる精神病患者や音程がずれただけの音楽家など一般市民に手をかけ、食すのである。ミーシャのことがなくても、いずれ。
というわけで、私は、「羊たちの沈黙」と「ハンニバル・ライジング」を、
全くの別物として切り離すことにした。どっちにしろ、ギャスパー君がン十年後にアンソニー・ホプキンスになるなんて、物理的に無理があるし。
しかし、レディムラサキとの関係といい、ポピール警視(ドミニク・ウェスト)の扱いといい、すでに続編の匂いがプンプンする。
主役が若返ったことで(ギャラも安くなったし)、映画の続編が作りやすくなった今、プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスに頼まれて、すでにトマス・ハリスが書き始めている気がしてならないのだが。
→ディノ・デ・ラウレンティスとトマス・ハリスについてのブログ記事最後に。

ハンニバル君が”Yum!”と言うセリフは数回あるが、どれもこれも(魚も人間も)、”Yuck!”(おえっ)だった。
そして、個人的に一番Yuck!だったのは、グルータス(リス・エヴァンズ!)が口の周りに羽毛をつけながら鳥を生で貪るシーンだ。
- 2007/04/24(火)
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